たかしまちゅうへい
高島忠平
考古学者
福岡県飯塚市出身。熊本大学文学部文科東洋史専攻を卒業。1989年より行われた吉野ヶ里遺跡の発掘調査に際し、保存設備の計画・指揮をとる吉野ヶ里遺跡保存対策室長に就任。「ミスター吉野ケ里」と呼ばれる。その後、佐賀県教育委員会副教育長、兼県立名護屋城博物館館長などを務めたのち公職を退任。1999年より佐賀女子短期大学教授に就任し、2002年から2010年3月までは同短大学長を、退任後は同短大を運営する学校法人旭学園の理事長を務める。大学時代は立岩遺跡。奈良国立文化財研究所に勤めてからは平城京跡、平城京羅生門跡、じょうべのま遺跡。両親の出身地である佐賀県に職場を転じてからは、安永田遺跡、菜畑遺跡、名護屋城跡、柿右衛門窯跡、肥前国分寺跡、肥前国府跡、そして吉野ケ里遺跡など、数々の考古学上の重要発見に携わる。