

ほんとは、学ぶはおもしろい。
遊ぶがおもしろいように、
ほんとは学ぶはおもしろい。
好きなことを学ぶ。
おもしろそうなことをおもしろがる。
これは、こどもにとっても、
大人にとっても、
素晴らしい「おたのしみ」です。
映画や演劇やスポーツ観戦のように
学ぶはエンターテインメントです。

ほぼ日の學校は、
広大な「知の群島」です。
コンテンツが、知恵が、
さまざまな「おたのしみ」の島に集まる。
そして、その島が群がっているのです。
図書館分類や、学問の分類など、
これまでの教育や制度の枠組みにとらわれない、
やわらかな学びの航海をしましょう。
ひとつひとつの島は、なんでもありの世界。
一風変わった人も、難解すぎる人もいてもいいし、
とんでもないことを教わるかもしれませんよ。

山道を4時間歩いて、
学校に通うこどもたちがいます。
ネパールの「YouMeスクール」は、
この国出身のシャラド・ライという青年が、
個人でつくりはじめた学校です。
最初の資金は25万円だったということです。
「じぶんも学びたかったし、
山村のこどもたちもみんな学びたい」。
「学ぶ場」をつくるということの原点が、
ここにあるように思います。
「ほぼ日の學校」と、「YouMeSchool」は、
たがいに最初の姉妹校になりました。

学ぶは、むつかしくない。
作家・劇作家の井上ひさしさんは、
「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、
ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、
まじめなことをゆかいに、そして、
ゆかいなことはあくまでもゆかいに」と言いました。
「ほぼ日の學校」なら、きっとできるはずです。

先生でない先生が、
集まっています。
「ほぼ日の學校」では、
えらい人が先生をしてくれてもかまいません。
いつも先生をやっている人も、先生をしてくれます。
でも、できるだけ、えらくない人だとか、
「先生なんてしたことないよ」という人たちに、
たくさんお声がけをしています。
そのほうが、いままでにない学校、
「ほぼ日の學校」になると思ってます。


門前の小僧は、
習わぬお経を読むか?
習わぬお経を読むか?
いつのまにか、身についている。
これは理想の習いごとだと思うのです。
「ほぼ日の學校」は、あらゆる場所を学問の「門前」に。
老若男女あらゆる人を、学をたのしむ「小僧」さんにします。
「よき入門者」がたくさん増えていくと、
いい交流と理解も広がると思うのです。
「ほぼ日の學校」は、ライブとアプリを組み合わせた
ネットワークを編み上げていきます。

人に会うこと。
人の話を聴くこと。
そういう機会が減ってませんか?
そして、それと本を読むこと。
身についた学びというのは、
まず、人に会うことからはじまります。
人の経験、人の思索、
人の感動、人の知恵、人の失敗。
ふだんの生活の中で会えない人の話も、
「ほぼ日の學校」で見聴きできます。
だれに会いたいのか、
どんな話を聴きたいのか。
みなさんからのリクエストも募っていきます。

資格もないし、単位も、
試験もない。
2歳から200歳までの、
みんなの學校。
入学の資格も必要ないですし、
ここで学んでも、なにかの資格もとれません。
もちろん、試験や順位なんかあるわけない。
義務教育とか、高校や大学とか専門学校とかを、
否定しているわけじゃないのですが、
「みんなが学ぶ」「好きで学ぶ」が、
「ほぼ日の學校」がやっていきたいことです。


もし、聖徳太子さんやら
親鸞さんの時代やらに、
「ほぼ日の學校」があったとしたら?
みんな登場してもらいたかった。
親鸞さんの時代やらに、
「ほぼ日の學校」があったとしたら?
みんな登場してもらいたかった。
もしずっと昔に「ほぼ日の學校」のネットワークが実現していたら、
ピラミッドの設計者も、イエスの十二使徒も、ライト兄弟も、
源頼朝も、勝海舟も、小林一三も…
あらゆる人の「お話」が記録映像になっていたと思うのです。
しかし、そんな映像は実際には存在しません(あったら観たい!)。
あらためて、21世紀のいまから、
「時代の人と話」の巨大なアーカイブづくりをスタートさせます。


キャッチボールを、
あの選手に教えてもらおう。
あの選手に教えてもらおう。
たとえば、プロ野球の選手だった人が教えてくれるキャッチボールは、
まさしく身体を使っての「コミュニケーション論」です。
強くなる、上手くなるためのスポーツばかりでなく、
身体と心のまるごとでたのしむスポーツも、
「ほぼ日の學校」のプログラムとして発展させていきます。
おかあさん、おとうさん、どうぞ、スマホとボールをご用意ください。

「ごくごくのむ古典。」から、
「ほぼ日の学校」ははじまった。
「ほぼ日の学校」は、
99人という小ぢんまりした教室での
ライブ授業として、
2018年にスタートしています。
最初のシリーズ講座のテーマは「シェイクスピア」。
シェイクスピアの世界を、
渇いたのどで味わうように
「ごくごくのもう」というコンセプトが、
とてもいい場をつくってくれました。
はじまりがここからだったということが、
この學校の芯になる「思いとヴィジョン」を
決めてくれました。

市場があるのに、なかった学校。
「そんな学校なら行くよ」
「そんなの学校じゃないよ」
「だけど、そんな学校はないよ」
などと言われそうです。
だれでも、興味のある先生や先輩や、
憧れの人の話なら
おおよろこびで聞きたがったはずです。
それこそが学びであり、
「エンターテインメント」です。
「おもしろい学校」は、もともと、
ほんとうは求められています。
ビジネス的に言っても、
市場はもう創造されかけています。

ネットワークは
リアルでもつながっていきます。
スマートフォンで観た「授業」について、
リアルの場で集まって話し合ってみたい。
そんな希望もたくさん届いています。
「ほぼ日の學校」は、読書会や勉強会、交流会など
サロンとしてもネットワークされていきます。
「神田ポートビル」のスタジオは、
そういう使われ方もします。

餅は餅屋から学べる。
企業に隠れている経験や
物語を聞こう。
世界に無数にある企業や仕事の現場には、
それぞれにまた無数の知恵やら秘訣があります。
販売のベテラン、開発の達人、伝説の経営者の話。
社会活動の場にもいろんな物語があります。
現場を経験してきた人たちの話を、
少しずつ分けてもらいましょう。
この領域の授業は、「人に会う」の基本です。

家の仕事は、科学で愛情。
何歳からでも学べる家事百般。
華道や茶道などのいわゆるお稽古ごと、
そして「家事」という名で
ひとくくりにされている
無数の「生活の知」の集積。
すべて「学び」の対象になる
「暮らしの文化」です。
「ほぼ日の學校」では、
こういう領域も「学び」ます。

おいしいもののこと、
グルメとか、料理とか、
そういうことぜんぶ、
もっと知りたい。
一流のシェフ、板前さん、
ラーメン屋さん、パティシェ、
農家の人たち、家庭料理の名人、
食べることに関わる人たちの
発見や発明、経験、たのしみ、
どんな話もいくらでも教えてほしい。
いまの時代の食文化には、
知りたいことがたくさんあるはず。


たとえば、ブロックチェーンを知らないままで。
それでもいいとか、困るとか…。
それでもいいとか、困るとか…。
なにかについて、知っておいたほうがいいのか、
それとも、知らないままでもいいのか。
そのあたりさえわからないことって、ありますよね。
未来から見た現在、未来のじぶんがやっておいてほしかったこと。
科学でも経済でもアートでも、社会のさまざまな変化について、
「ほぼ日の學校」が入り口になるような場をつくります。
新しい考えを「聴ける耳」を育てましょう。

スマートフォンのアプリ上に、
新しいフォーマットを
つくりました。
これが「ほぼ日の學校」のスタイルだ、
というフォーマットを開発しています。
スマホ上での「画面とことば」の役割を考え抜いた
「なじみやすく便利なデザイン」です。
詳細は、あらためてご紹介します。


講師が10,000人、
受講者が1,000万人。
あえて、そういう規模感で
考えていきます。
受講者が1,000万人。
あえて、そういう規模感で
考えていきます。
大言壮語はしたくないのですが、
ニッチな私塾のイメージで展開していく考えはやめます。
これまでの「学び」のイメージを改良するのではなく、
ほんとうに2歳から200歳までが集まるような
「みんなの學校」のおもしろさを追いかけたいのです。
これまで「ほぼ日」がやってきたことのなかでも、
格段に夢の広がる「大舞台」を想像しながら
じっくりスタートしています。
- 文
糸井重里 - 絵・立体
廣瀬正木 - 写真
幡野 広志(3枚目)
有賀傑(4枚目)
一般社団法人花巻観光協会(5枚目)
さとうしんすけ(17枚目)
YUKAI(池田晶紀+池ノ谷侑花)(2,7,10,12,13,15,18枚目) - 出典
『ちいさいおうち』バージニア・リー・バートン 文・絵/石井桃子 訳 岩波書店(4枚目)
"The Missing Piece"by Shel Silverstein, HarperCollins Publishers(4枚目)
『あおくんときいろちゃん』レオ・レオーニ 作/藤田圭雄 訳 至光社(4枚目)
『井上ひさし伝』桐原良光 著 白水社(5枚目)
松岡和子さんによる「ほぼ日の学校 シェイクスピア講座2018」の講義(11枚目)