
人間が、人間という「ややこしくもすばらしい生きもの」を、どんなふうに理解して、どんなふうに生きていきたいのか。そんな「かたちのない知」こそが、大事になってきています。そんなこと、どこで教えてくれるの?いやいや、どこにも、そんな場所はないはずなんです。
マンガの世界なんかだと、主人公が、身なりもぼろぼろなお坊さんから、人生を変えてしまうようなことを学んだりするけれど、マンガじゃなくても、人にとってのほんとうに大事なことは、思いもかけない人から偶然に言われた言葉だったりします。それも、いかにも立派そうな人からとはかぎらなくて、とても身近なおかあさんだったり、会社やバイト先の先輩だったりなんてことも、おおいにある。
「ほぼ日の學校」は、いろんな「人間に会う機会」です。学校とは言うものの、いわゆる学校じゃない。笑ったり真剣になったりしているうちになにか大事なことを学んだり身につけてしまうような「知と情と物語のスープ鍋」みたいな場です。ここでは、あんまり先生らしくない先生たちが、友だちと話すように飾らずに、本気で雑談もして、脱線もしながらいろんな話をしてくれます。学ぶって、ほんとうは試験や資格のためばかりでなく、夜を徹してでも聴いてたいような「わくわくさせる知恵」を拾い集めることなんじゃないか。そんな感想を語ってくれた人がいました。ほんとにそうかもしれないです。
姿勢を正して傾聴するのもいいかもしれませんが、通学や通勤のときにだとか、ただひまだからとか、好きな人が出ていたからだとか、子守歌がわりにとか、自由にどんなふうにでもつきあえます。友だちといっしょに見たりもたのしいかもしれない。
理解しようとしすぎるよりも、感じてください。ほんとに、「ほぼ日の學校」は、2歳から200歳までのみんなのものになっていきま��。
「ほぼ日の學校」も、みんなといっしょに成長します。